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長野地方裁判所 昭和47年(ワ)36号 判決 1973年3月27日

原告

合名会社宇都宮乗用自動車商会

ほか一名

被告

宇敷光正

ほか二名

主文

1  被告宮島は、原告合名会社宇都宮乗用自動車商会に対し金六一万一一二二円およびうち金四九万一一二二円に対する昭和四七年二月一八日から、うち金一二万円に対する本判決確定の日の翌日から支払ずみに至るまで年五分の金員を、原告笠原武夫に対し金七〇万円およびこれに対する昭和四七年二月一八日から支払ずみに至るまで年五分の金員を各支払うべし。

2  原告らの被告宮島清吉に対するその余の請求ならびに被告宇敷光正、同緑川匡雄に対する各請求はいずれも棄却する。

3  訴訟費用中、原告らと被告宮島清吉の間に生じた分はこれを四分してその一を原告ら、その三を被告宮島清吉の負担とし、原告らと被告宇敷光正、同緑川匡雄の間に生じた分は全部原告らの負担とする。

4  この判決は、1項に限り原告合名会社宇都宮自動車商会において金二〇万円、原告笠原武夫において金二五万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

一  当事者双方の求めた裁判

1  原告ら

(一)  被告らは各自、原告合名会社宇都宮乗用自動車商会に対し金六五万二九四二円およびうち金五〇万二九四二円に対する昭和四七年二月一八日から、うち金一五万円に対する本判決確定の日の翌日から各支払ずみに至るまで年五分の金員を、原告笠原武夫に対し金一〇〇万円およびこれに対する昭和四七年二月一八日から支払ずみに至るまで年五分の金員を、支払うべし。

(二)  訴訟費用は、被告らの負担とする。

(三)  仮執行の宣言。

2  被告ら

(一)  原告らの請求はいずれも棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

二  原告らの請求原因

1  交通事故の発生

原告笠原武夫は、次の交通事故により傷害を受けた。

(一)  日時 昭和四四年六月一六日午後九時三〇分ごろ

(二)  場所 長野県長野市北石堂町藤嘉瀬戸物店横

(三)  加害車 軽四輪乗用自動車(八長ソ三八二三)

運転者 被告緑川匡雄

(四)  原告車 普通乗用自動直(長野五あ九九二)

運転者 原告笠原武夫

(五)  態様

本件事故現場の交差点で、信号待ちのため停車中の原告車に加害車が追突した。

(六)  傷害の部位程度 頸椎捻挫(鉄欠乏性貧血症を併発)

昭和四四年六月二〇日から同年一〇月一九日まで宮下整形外科病院に入院

昭和四四年六月一七日から同月一九日までおよび同年一〇月二〇日から昭和四五年五月一六日まで右宮下病院に通院(三九回)

昭和四四年一〇月一日から同年一一月一〇日まで長野赤十字病院に通院(四回)

(七)  後遺症 現在、なお季節および天候の変り目には、頸すじ、肩甲骨附近が痛む。

2  被告らの責任原因

被告らは、それぞれ次の理由により本件事故により生じた原告らの損害を賠償する責任がある。

(一)  被告宇敷は、加害車を所有し自己のために運行の用に供していたものであるから自賠法三条による責任。

(二)  被告宮島は、加害者を業務用に使用し、自己のために運行の用に供していたものであるから自賠法三条による責任。

(三)  被告緑川は、前記日時に加害車を運転して東進中、前方不注意の過失により、本件事故現場において信号待ちのため停車中の原告車に追突して本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条による責任。

3  損害

(一)  原告合名会社宇都宮乗用自動車商会(以下、「原告会社」という。)は、本件事故により原告笠原が要した次の費用を同笠原に支払い、これと同額の損害を蒙つた。

(1) 治療費分 金三四万七八九六円

原告笠原が、本件傷害のため昭和四四年六月二〇日から同年一〇月一九日までの間宮下病院に入院して治療した費用を原告会社が立替払したもの

(2) 交通費分 金八八三〇円

前記入院期間中、原告笠原の妻が同笠原の附添看護のために要した交通費を原告会社が立替払したもの

(3) 休業損害分 金六四万六二一六円

原告笠原は、原告会社に運転手として勤務し、月収一ケ月金五万八七七四円の給与を得ていたが、右治療に伴い、昭和四四年六月一七日から昭和四五年三月二〇日までの同約九ケ月の休業を余儀なくされたところ、原告会社は労働協約上の義務に基き、同笠原に休業補償として右給与九ケ月分金五二万八九六六円および昭和四四年下半期賞与金一一万七二五〇円合計金六四万六二一六円を支払つた。

(4) 弁護士費用 金一五万円

次に、原告らは、被告らが任意の弁済に応じないので、本訴の提起と追行を原告ら代理人に委任したが、原告会社は、同笠原の費用も含めて、着手金として金五万円を支払つた外、報酬として金一〇万円を支払うことを約した。

(二)  原告笠原は、妻(三六歳)、長男(一二歳)、長女(五歳)の家庭の支柱として働いていたところ、本件事故に遭遇し、現在においても前記のような後遺症状を残しており、これに治療のための前記入、通院期間を考慮すると、その精神的損害を慰藉するには、金一〇〇万円が相当である。

(三)  填補 金五〇万円

原告らは、自賠責保険金五〇万円の支払いを受けたので、これを医療費、交通費および休業損害の順に充当した。

4  結論

よつて、原告会社は被告らに対し、各自金六五万二九四二円(医療費、交通費、休業損害および弁護士費用の合計金一一五万二九四二円から自賠責保険金五〇万円を控除したもの)およびうち金五〇万二九四二円に対する本件事故発生ののちで本訴状送達の日の翌日である昭和四七年二月一八日から、うち金一五万円に対する本判決確定の日の翌日から各支払ずみに至るまで民法所定年五分の遅延損害金の支払を求め、原告笠原は被告らに対し各自金一〇〇万円およびこれに対する前記昭和四七年二月一八日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の遅延損害金の支払を求める。

三  被告宇敷の請求原因に対する答弁

請求原因1項の事実は知らない。

同2項の冒頭事実および(一)の事実は否認する。

同3項の事実中、原告らが、自賠責保険金五〇万円を受領した事実は認めるが、その余の事実は知らない。

同4項は、争う。

四  被告宮島、同緑川の請求原因に対する答弁および抗弁

1  請求原因に対する答弁

請求原因1項の事実中、(一)ないし(五)の事実は認めるが、その余の事実は知らない。なお、原告笠原は、本件事故後三日を経て入院したもので、診断書にも頸椎捻挫としか記載がなく、原告車に同乗していた者は何らの傷害を負つていないうえ、原告笠原自身人身事故の届出をしていないのであるから、その主張の傷害の部位程度は不自然である。

同2項の事実中、(二)の事実は認めるが、冒頭事実および同(三)の事実は否認する。

同3項の事実中、原告笠原が自動車運転手であること職業および原告らが自賠責保険金五〇万円を受領したことは認めるが、その余の事実は知らない。

なお、原告笠原は、受診上又は病勢抑止上慎重を欠いたから、その損害額の算定にあたつては、これを斟酌すべきである。すなわち、原告笠原は、本件事故当日にかなりの自覚症状があつたにも拘わらず三日後に入院したものであり、所謂むち打ち症については事故直後の一、二日の安静が治療上必要であるのに、これを怠つた結果、その主張のような長期の治療を要するに至つたものである。

同4項は争う。

2  抗弁

本件事故は、加害車のブレーキ系統に欠陥(オイル洩れ)があつたため、被告緑川が制動措置を採つたに拘わらず、制動の効果がなく、追突したものであるから、被告緑川には運転上の過失は存しない。ところで、特別な事情下で発生した事故については、自賠法三条ただし書の「構造上の欠陥又は機能の障害」が存しても、不可抗力その他の理由により免責される場合があることは、右法条が無過失責任主義を採用したものでなく、所謂抗弁説を採用したに過ぎず、かつ、通常の事態を想定して一般的な定型を掲げているもので制限的限定的規定でないことから明らかであるところ、本件の場合、被告宮島は、被告緑川を介して訴外宇野祥史から同訴外人が通勤に使用している加害車を自己の急ぎの配達のために本件事故直前(十数分前)に寸借し、わずか三〇〇メートルを走行したに過ぎず、かつ本件事故発生直前に故障したもの(事故以前には制動効果があつた)であることを考慮すれば、被告宮島には、欠陥の発生についても帰責事由がないのであるから、同宮島は不可抗力によるものとしてその責任を問われる筋合ではない。したがつて、被告宮島は免責される。

五  被告宮島の抗弁に対する原告らの答弁

抗弁事実は争う。

六  証拠関係〔略〕

理由

一  交通事故の発生

昭和四四年六月一六日午後九時三〇分ごろ長野市北石堂町藤嘉瀬戸物店横交差点において、原告笠原運転の乗用自動車(長野五あ九九二、以下「原告車」という。)が信号待ちのために停車中のところ、被告緑川運転の乗用自動車(八長ソ三八二三、以下、「加害車」という。)が原告車の後部に追突したことは、原告らと被告宮島、同緑川間に争いがなく、原告らと被告宇敷間においては〔証拠略〕をあわせると、原告笠原は本件事故により頸椎捻挫の傷害を受けたことが認められる。

二  被告らの責任

1  被告宇敷

原告らは、本件事故当時、被告宇敷が加害車を所有し自己のために連行の用に供していた旨主張する。なるほど、被告宇敷本人尋問の結果によれば、当時、加害車の登録上の所有名義が被告宇敷であつたことが認められるが、〔証拠略〕をあわせると、被告宇敷は昭和四三年六月ごろ、加害車を購入して通勤用に使用していたが、昭和四四年六月八日に訴外宇野祥史に対し加害車を代金六万円で売渡し、翌九日これを保険証等とともに同宇野に引渡し、同日以降同宇野がこれを管理し、自己の営業または通勤に使用していたもので、偶々登録上の所有名義が被告宇野に残存していたに過ぎず、本件事故当日も、被告宮島が同緑川を通じて訴外宇野から加害車を借り受けていることが認められるのであつて、右事実によれば、昭和四四年六月九日以降加害車の実質的な所有権は訴外宇野に移転し、被告宇敷は、加害車について何ら運行支配および運行利益がないと認めざるを得ない。もつとも、〔証拠略〕中被告宇敷作成部分には、被告宇敷が加害車の実質的所有者であるかの如き記載があるが、〔証拠略〕によれば、右書面は本件事故による保険金請求の手続のため登録上の所有名義人である被告宇敷名義で作成されたに過ぎないことが認められるから、前認定を左右するものではなく、他に、原告ら主張事実を認めるに足る的確な証拠はない。

してみれば、被告宇敷に対する原告らの請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

2  被告緑川

〔証拠略〕をあわせると、次の事実が認められる。

被告緑川は、本件加害車を運転して時速約二〇ないし三〇キロメートルで進行して本件事故現場附近にさしかかつた際、約九〇メートル前方の本件交差点に赤の点滅に従つて停車している原告車を認めたのち、同車との距離が約二〇ないし三〇メートルとなつた地点で停車のためブレーキを踏んだが、オイル洩れのため制動効果がなく、そのままの速度で進行して停車中の原告車に追突した。被告緑川は、本件事故現場に至るまで約二回にわたり加害車のブレーキ操作をしたが、いずれも制動効果があつたのに、本件事故直前にオイル洩れのため制動効果を失つたものである。以上のように認めることができ、他に右認定を左右する的確な証拠はない。

右認定事実によれば、被告緑川には、過失が認められず本件事故はもつぱら加害車のブレーキ系統の欠陥により発生したものと認めざるを得ない。

してみれば、被告緑川に対する原告らの請求もその余の点を判断するまでもなく理由がない。

3  被告宮島

被告宮島が加害車を業務上に使用し自己のため運行の用に供していたことは、当事者間に争いがない。

そこで、被告宮島主張の抗弁について判断する。加害車にブレーキ系統に欠陥(オイル洩れ)が存し、本件事故が右欠陥により発生したものであることは前認定のところであり、これが「構造上の欠陥又は機能の障害」に当ることも明らかである。ところで、被告宮島は右欠陥が生じたのが本件事故直前であり、かつ同宮島は加害車を寸借してわずか三〇〇メートル走行したに過ぎないから右欠陥についてこれを予見することができず、したがつて不可抗力による場合であるとして免責を主張するが不可抗力による免責とは事故の発生原因そのものが不可抗力(地震等)である場合を指称し、本件のように構造上の欠陥又は機能の障害が事故原因である場合には、運行供用者においてその欠陥又は障害を予見し得なかつた場合をも含むと考えるのが相当である。そうでないと、欠陥又は障害が予見し得るときには、むしろ運行供用者がその運行につき過失があつた場合に該当するのであるから、別個に右欠陥又は障害を免責事由として掲げる趣旨を没却するからである。したがつて、被告宮島の抗弁は理由がない。

三  損害

〔証拠略〕をあわせると、原告笠原は、本件事故により頸椎捻挫(鉄欠乏性貧血併発)の傷害を受け、頸椎捻挫の治療のため宮下整形外科病院に昭和四四年六月二〇日から同年一〇月一九日まで合計一二二日間入院し、昭和四四年六月一七日から同月一九日までおよび同年一〇月二〇日から昭和四五年五月一六日までの間通院(通院実日数三九日)した外、鉄欠乏性貧血の治療のため長野赤十字病院に昭和四四年一〇月一日から同年一一月一〇日まで通院(通院実日数四日)し、昭和四五年三月二一日から勤務先で再び運転手として稼働しているが、未だ完治はせず、天候の変り目等には頭痛等があり、ときどき病院に通院する状態であることを認めることができる。被告宮島は、原告笠原が病勢抑止上慎重を欠いた過失がある旨主張するが、これを認めるに足る的確な証拠はない。

以上の事実を前提として、以下損害額を検討する。

1  治療費 金三四万七八九六円

〔証拠略〕をあわせると、原告笠原の前記宮下病院における治療費として金三四万七八九六円を要したところ、原告笠原が運転手として勤務している原告会社においてこれを立替えて支払つたことを認めることができる。

2  交通費

〔証拠略〕をあわせると、原告笠原の入院中、同笠原の妻がその附添のため宮下病院にタクシーを利用して通院し、その費用として金八六五〇円を要したことが認められるが、〔証拠略〕によれば、原告笠原の病状は、その附添を必要とするものでなかつたことが認められるから、右交通費は本件事故と相当因果関係にある損害と認めることはできない。

3  休業損害 金六四万三二二六円

〔証拠略〕をあわせると、原告笠原は原告会社に運転手として勤務し、一ケ月平均金五万八七七四円(事故前三ケ月間の平均月収)の給与を得ていたところ、右治療に伴い昭和四四年六月一七日から昭和四五年三月二〇日まで九ケ月間休業を余儀なくされたところ、原告会社は労働協約に基き、休業補償として同笠原に対し右九ケ月間の給与分金五二万八九六六円および同年度下半期賞与分金一一万四二六〇円(円未満四捨五入。なお、下半期賞与の算出は、基本給金四万二〇三三円に家族手当金二六〇〇円合計金四万四六三三円を二、五六倍して算出。)合計金六四万三二二六円を支払い、これと同額の損害を蒙つたことを認めることができる。

4  慰藉料 金七〇万円

原告笠原の前記傷害の部位程度および治療期間その他前記諸事情を考慮すれば、同原告の右傷害による精神的損害を慰藉すべき額は、金七〇万円が相当である。

5  損害の填補

原告らが自賠責保険金五〇万円の支払いを受けたことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕をあわせると、右治療費、休業補償費の額に充当したことが認められる。

6  以上の事実によれば、原告会社の損害額は右治療費および休業補償費に自賠責保険金を充当した休業補償費の残額金四九万一一二二円、原告笠原の損害は慰藉料金七〇万円となる。

7  弁護士費用 金一二万円

〔証拠略〕をあわせると、原告らは被告宮島が任意の支払を拒んだため、弁護士である原告代理人に本訴の提起、追行を委任するの止むなきに至つたことおよび原告会社において原告代理人に対し原告笠原の分も含めて手数料として金五万円を支払つた外、謝金として金一〇万円を支払う旨約したことを認めることができるが、本件事案の難易、前記認容額等本訴にあらわれた一切の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある損害として被告宮島に負担さすべき弁護士費用は金一二万円とするのが相当である。

四  結論

してみれば、原告らの本訴各請求中、被告宮島に対し、原告会社において金六一万一一二二円およびうち金四九万一一二二円(弁護士費用を控除した分)に対する本件事故発生の日ののちである昭和四七年二月一八日からうち金一二万円(弁護士費用)に対する本判決確定の日の翌日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の遅延損害金の支払を求める部分ならびに原告笠原において金七〇万円およびこれに対する右昭和四七年二月一八日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の遅延損害金の支払を求める部分は理由があるから正当として認容し、被告宮島に対するその余の請求ならびに被告宇敷、同緑川に対する各請求はいずれも理由がないから失当として棄却し、民事訴訟法八九条、九二条、九三条、一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 荒木恒平)

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